https://zenn.dev/dmikurube/articles/online-voting-is-hard-ja
日本で公職選挙が近づいてくると、「202X年にもなって投票所に行く必要があるなんて」とか「オンライン投票もいまだにできないなんて」みたいな声をよく聞きます。 [1]
法にも技術にも詳しくない一般の人がそう思うのは自然なことでしょう。オンライン投票ができれば、少なくとも若年層の投票率にはいい影響がありそうです。しかし「現代的で民主的な選挙」の要件をしっかり満たしてオンライン投票を実現するのは、実は技術的にも容易ではありません。
「現代的で民主的な選挙」の要件とは、どういうものでしょうか。現在の技術でオンライン投票を実施すると、その要件はどのように毀損するのでしょうか。私たちはその要件を、本当に理解しているでしょうか。
本記事は、「現代的で民主的な選挙」の要件を振り返り、そこから導かれる「オンライン投票のなにが『難しい』のか」をできるだけ明確にする試みです。そして、議論をその先へ進めるための前提を踏み固めることを目指しています。ソフトウェアやネットワークの技術者がオンライン投票について議論するときに、せめて前提を共有して建設的な議論につなげることが、この記事のゴールです。
「そんな要件は部分的にあきらめてでもオンライン投票に踏み切ったほうが、全体としてメリットが大きいのではないか」という議論もあります。これはもちろん議論に値するテーマですし、実際に議論されてもいます。しかし、その議論はこの記事からはスコープ外とします。
筆者はソフトウェア・エンジニアの職にはありますが、オンライン投票についての専門家ではありませんし、法律の専門家でもありません。記事には誤りも不足もあると思います。詳しい方にはぜひご指摘をいただき、追記・修正を加えながら記事をメンテナンスしたいと思っています。ご協力をいただければ幸いです。
本記事は、できるだけ客観的な内容を蓄積する文書としてメンテナンスしたいと考えています。一部には筆者の推量による記述や筆者個人の意見も含まれますが、それらはなるべくそうとわかるように記述したつもりです。 [2] 筆者の推量を補足、または否定する文献等をご存じの方は、ぜひ教えて下さい。
ただし、本記事のコメント欄などでご自身の政治的な思い・信念・信条について議論を始めることはご遠慮ください。ご自身の信念などについてご意見を表明したいときは、本記事のコメント欄ではなく、ご自身の責任でご自身のブログなどでご自身の記事を公開してください。炎上などによって対処が困難になった場合は、本記事の維持・管理を放棄し、場合によっては削除します。
最初に、関連する用語を整理しましょう。
インターネットを用いたオンライン投票を指して「電子投票」と呼んでいる記事などを見かけることがあります。しかし 2022年時点の日本の公職選挙において「電子投票」という言葉が意味するのは、「オンライン投票」とは別のものです。
2022年 4月現在、日本の公職選挙における「電子投票」は、「電子投票法」 [3] [4] に定められた「投票所で電子機器のタッチパネルや押しボタンを押して投票する方法」を指します。 [5]
公職選挙以外の一般における「電子投票」や日本以外における "Electronic voting" [6] は、オンライン投票を指すことも多いです。しかし、日本の公職選挙におけるオンライン投票の話をしたい場合、「電子投票」と呼ぶのは避けて「オンライン投票」・「インターネット投票」などと呼ぶほうが、意図がスムーズに伝わるでしょう。
また、「インターネット『投票』」ではなく「インターネット選挙」「ネット選挙」という言葉もあります。これらの言葉は、おもに「インターネット選挙運動」 [7] を指すようです。これらもオンライン投票 (インターネットを利用した投票行為) とは呼び分けたほうがいいでしょう。
「現代的で民主的な (公職) 選挙の要件」はいくつも考えられますが、その最も重要な要件のひとつが「秘密投票」または「投票の秘密」 [8] (英: "Secret ballot" [9]) です。ほとんどの現代的な民主主義国では、秘密投票が公職選挙の必須要件になっていると考えていいでしょう。
国際連合で 1948年に採択された「世界人権宣言」 [10] にも、以下のように明記されています。
The will of the people shall be the basis of the authority of government; this will shall be expressed in periodic and genuine elections which shall be by universal and equal suffrage and shall be held by secret vote or by equivalent free voting procedures.
"Universal Declaration of Human Rights" [10:1] の Article 21.3 から引用)